第六回『保建大記』を読む会のお知らせ

『保建大記』は、崎門の栗山潜鋒(一六七一~一七〇六)が元禄二年(一六八九年)に著した書であり、『打聞』は、同じく崎門の谷秦山が『保建大記』を注釈した講義の筆録です。崎門学では、この『保建大記』を北畠親房の『神皇正統記』と並ぶ必読文献に位置づけております。そこでこの度弊会では本書(『保建大記』)の読書会を開催致します。詳細は次の通りです。

○日時 平成二十九年七月二日(日曜日)午後二時開始
○場所 弊会事務所(〒二七九の〇〇〇一千葉県浦安市当代島一の三の二九アイエムビル五階)
○連絡先 〇九〇(一八四七)一六二七
○使用するテキスト 『保建大記打聞編注』(杉崎仁編注、平成二一年、勉誠出版

(崎門学研究会)

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【史料】有馬新七先生資料『再び平安城を過ぐるの記』(安政三年十一月二十四日、原漢文)

夫れ険を設け城郭を修むるは国を守る所以之(こ)れ具(とも)に王者の忽(ゆるがせ)にせざる所なり。故に古今帝王、皆険要の守、城郭の国有り。

神武天皇の大和橿原に城し、

祟神天皇の大和瑞城に城し、

天智天皇の近江滋賀に城すの類是れなり。

然して我が先生之(こ)れ有るを恃(たのみ)と存じ為す所以に非ざるなり。故に曰く、徳在りて険在らずと。蓋し君臣情義有り、上下名分正しく、賢を任じ能を使い、有功を賞し、有罪を討ち、祭祀を崇尊し以て民に敬を教え、武を尚び以て朝威を振うを守国の根元を為す所以なり。夫(そ)れ先王、徳光昭明、威霊宇宙を覆い名賢英雄、道臣・大彦、鎌足の如く、徳其の君に協い、王事に勤労し、以て赫赫の業を成し、不庭を攘(はら)い、国家を安んずる所以なり。平安城の地と為すなり、陰を負い、陽に面し、土沃水冽、山河襟帯、実に皇城の地と為し、是(こ)れ以て桓武天皇遷都以来、未だ嘗て移易有らず。然りと雖(いえど)も其の本を修めず、徒らに険要を恃むは、則ち亦以て国を守る能わざるなり。故に保元・治承より以て遷り、乱賊寇乱を為し、元弘・建武に至り則ち車駕しばしば叡山に幸(みゆき)し、皇業遂に吉野に於て偏安す、嗚呼国厥家の有る者にして其の念ぜざるべきか。弘化用辰の冬、武麻呂平安城に至り、鴨川の東桜木街に寓舎し、明年乙巳春、竊竊(ひそ)かに宸極の餘光を仰拝し、その翌年丙牛春正月天皇崩じ、(仁孝天皇と奉称す)涕泣悲哭、豈に言の勝(まさ)らんか。其の後帰郷し、今上天皇即位し、武麻呂草野遠僻に在りと雖(いえど)も竊かに朝廷を仰奉し、君父を忠敬し、名教を維持するの志、未だ嘗て一月も忘懐する能わざること、既に二十餘年。今年安政丙辰冬十一月、再び平安城を過ぎ、東山の秀景、鴨川の清流、其の他山色雲物固(もと)より昔月と異ならずと雖も、人情世体、日に移り月に換え、慨然鄙懐を動かし、宮城前に至り、姓名を述べ伏服敬拝、仰いで宮殿を望み、則ち其の制造昔日と殊に異る。(昔日、宮殿皆小板を以て之を葺(ふ)くも安政甲寅十一月、宮殿炎上是れを以て幕府の之(こ)れを修造し、瓦を以て之(こ)れを葺く。)大息憂歎、何を言うに堪んか。涙を垂れ伏し見に帰る。嗚呼祖宗忠孝以て皇基を建て、文武以て士民を振興し、威霊衆宇を照らし徳澤天下に周(あまね)く寳祚(ほうそ)無窮の神勅、凛凛乎として萬古に照徹す、皇統一種、錦錦天壤と易らず。不幸異端妖教之(こ)れ前に擾乱し、陋儒曲学之(こ)れ後に昏塞し、尋(つ)いで歌学柔惰婬弱の習並び起り、忠孝の道明らかならず。揆文尚武の俗振わず、廟謨遠略の慮(おもんばか)り無く、群卿百僚勢位に狃(な)れ、愉惰に安んじ奮然挺起以て天下義烈勇武の気を激昻する無く、是れ以て皇道日に陸遅し、風俗墜(つい)敗、保元治承以還、名分淆乱、而して乱賊武を接し、覇者並び起り、政権遂に武臣に移る能く名分大儀の巌、得て犯すべからず、亦得て易うべからずの実を弁明し、力を皇室に尽し、忠義偉然千古に卓越する者は、楠公正成一人のみ。然るより以還衆宇永く武人の者となり、永く厥(そ)の初(はじめ)に復(かえ)るなく、四維既に張らず、三鋼遂に横流し、非慨憂憤長大息に勝(た)えざるべけんや。然して竊かに嘗て聞く、今上天皇(諱(いみな)統仁)英邁聰(そう)敏、雄略を好み、皇室の哀墜を深憂し、慨然祖の旧業を振興するの志有り、此の実千載の一遇、人臣節を致すの時なり。且つ方今醜虜辺隙(へんげき)を窺窬し、尤も以て臣子の分を尽さざるべからざるなり。故に草野隦遠の士と雖も、苟くも能く至誠以て朝廷を奉仰し、名分を明し、人心を正し、天下の義気を鼓舞して、上朝廷の威霊を頼り、下人心固有の実然に因り、皇道奚(いづく)んぞ振起せざるべけんや。夫れ朝廷を警衛し、国土を鎮め乱を撥(おさ)め、正に反(かえ)すは、則ち武臣の節、我が忠敬の誠を尽す所以なり。丈夫皇業を振起し、旧昔に還す能わざれば則ち寧んぞ天孫の頑民となすのみならんや。然りと雖も惟だ斯の一念忠義の赤心、炳然丹の如く、死して已(や)まず、耿耿息滅すべからず、感激の余り、聊(いささ)か之(こ)れを記して以て其の志を述ぶというのみ。

冬十一月廿月平阿會牟武麻呂謹記

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大アジア研究会『大亜細亜』第三号発行

大アジア研究会の機関紙である『大亜細亜』第三号を発行致しました。ご高覧下さい。ちなみに本号目次は以下の通りです。

本号目次

一面 巻頭言(折本龍則)

二面 日本精神を失わなかったフィリピンの志士ピオ・デュラン(坪内隆彦)
六面 アジア主義に生きた杉山家の伝承③(杉山満丸)
九面 玄洋社の源泉、加藤司書(浦辺登)
十一面 近世東洋史 (小野耕資)
十七面 『アジアの夜明け』①(原作・草開省三/要約・原嘉陽)
二十一面 橘孝三郎の大亜細亜文明論(坪内隆彦)
二十三面 書評・古谷経衡著『アメリカに喧嘩を売る国フィリピン大統領ロドリゴ・ドゥテルテの政治手腕』(小野耕資)
二十四面 史料・日清貿易研究所開所式における荒尾精所長訓示
二十五面 連載 大亜細亜医学の中の日本③(坪内隆彦)

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第四回『保建大記』を読む会のお知らせ

『保建大記』は、崎門の栗山潜鋒(一六七一~一七〇六)が元禄二年(一六八九年)に著した書であり、『打聞』は、同じく崎門の谷秦山が『保建大記』を注釈した講義の筆録です。崎門学では、この『保建大記』を北畠親房の『神皇正統記』と並ぶ必読文献に位置づけております。そこでこの度弊会では本書(『保建大記』)の読書会を開催致します。詳細は次の通りです。

○日時 平成二十九年五月六日(土曜日)午後二時開始
○場所 弊会事務所(〒二七九の〇〇〇一千葉県浦安市当代島一の三の二九アイエムビル五階)
○連絡先 〇九〇(一八四七)一六二七
○使用するテキスト 『保建大記打聞編注』(杉崎仁編注、平成二一年、勉誠出版

(崎門学研究会)

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安倍首相宛に「今上陛下の御譲位の件に関する要望書」を提出

昨日、平成二十九年三月二十八日、内閣府に赴き、内閣総理大臣安倍晋三殿宛に「今上陛下の御譲位の件に関する要望書」を提出致しました。以下に要望書の全文を掲載します(PDFはこちら)。

「今上陛下の御譲位の件に関する要望書」

昨今における今上陛下の御譲位の問題に関して、安倍内閣は一代限りでの譲位を認める特例法を制定する方針を固めた。しかしこの政府方針は、二つの重大な問題を内包している。

第一に、陛下は御譲位について一代限りではなく、恒久的な制度化を思召されているということだ。陛下による昨年八月八日の「おことば」を素直に拝聴すれば、それが将来の天皇を含む「象徴天皇」一般の在り方について述べられたものであることは明らかである。第二に、譲位を一代限りで認める特例法は、現行憲法第二条で、皇位は「国会の議決した皇室典範の定めるところによる」とし、さらにその皇室典範の第四条で、皇嗣の即位は「天皇の崩御」によるとする規定に違反する。

本来、我が国の皇位は「天壌無窮の神勅」に基づき、現行憲法が規定するような「主権者たる国民の総意」に基づくものではない。したがって、皇室典範は憲法や国会に従属するものではなく、皇位継承の決定権も、一人上御一人に存する筈である。しかしながら、その上御一人であらせられる陛下が、現行憲法の遵守を思し召されている以上は、この度の御譲位も憲法の規定に従う他なく、それに違反する政府方針は御叡慮を蔑ろにするものといわざるを得ない。

もっとも政府は、衆参両院における与野党協議の結果、皇室典範に附則を置き、そこで特例法と典範は一体であることを明記することで憲法違反の疑義を払拭し、典範改正による譲位の恒久的制度化を主張する野党との政治的妥協を図ったが、肝心なのは、与野党間の政治的合意よりも、御譲位における最終的な当事者であらせられる陛下が、その特例法案を御嘉納あらせられるかという事である。

安倍首相以下、我々国民の義務は承詔必謹、ただ陛下の御主意に沿い奉り、御宸襟を安んじ奉ることにのみ存するのであって、一度発せられた陛下のお言葉を歪曲する様な行為は絶対に慎まねばならない。特に、この度における御譲位の思し召しは、陛下が将来の天皇のあるべき姿について、長年、熟慮に熟慮を重ねられた上で、御聖断遊ばされたことであり、首相以下我々国民の側にいかに合理的な理由があるといえども、臣下の分際で反対する資格はない。

ところが、先の「おことば」以来、この度の御譲位の問題に対する安倍内閣の態度は、陛下の御主意に沿い奉る誠意に欠け、はなから特例法ありきでの対応に終始したことは御叡慮を蔑ろにするものと言わざるを得ない。甚だしきは、首相が人選した「有識者会議」の出席者の中から公然と譲位に反対する意見まで噴出したことは極めて遺憾である。異論があるなら、前もって陛下に諫奏申し上げるのが筋であり、後から反対するのは不敬千万、皇威を失墜させ後世に禍根を残す所業である。「有識者会議」は首相の私的諮問機関といえども、安倍首相の政治責任は免れない。

特に、陛下が最初に御譲位の思召しを漏らされたのは平成二十二年に遡るとされ、当然その御内意は歴代の内閣にも伝達されたにも関わらず、政府は聖明を蔽い隠して来た。その責任を棚に上げて、「おことば」という、非常の措置で下された御聖断に盾突くなど言語道断である。

なお、「有識者会議」での議論を踏まえた「論点整理」では、譲位が将来の全ての天皇を対象とする場合の課題として、「恒久的な退位制度が必要とする退位の一般的・抽象的な要件が、時の権力による恣意的な判断を正当化する根拠に使われる」ことが挙げられているが、「時の権力による恣意的な判断」は、譲位が今上陛下のみを対象とする場合に、「後代に通じる退位の基準や要件を明示しない」ことによっても引き起こされうるのである。

このように、譲位を一代限りとするか、恒久的制度とするかという当面の問題は、賛否両論に一長一短あり、結論を一決しがたいのであり、だからこそ我々首相以下の国民は、こうした国論を二分しかねない問題については、最終的当事者であらせられる陛下の御聖断を仰ぐほかないのである。したがって、政府は、この度の御譲位に関する特例法案が与野党の政治的妥結を得たとしても、同法案を国会に提出する前に闕下に上奏し、御裁可を仰ぐべきである。

かつて孝明天皇は、御叡慮に反して通商条約に調印した徳川幕府に御震怒遊ばされ、諸藩に下された密勅の中で、幕府による「違勅不信」の罪を咎められた。これにより朝幕間の齟齬軋轢が天下に露呈したことで、幕府権力の正当性は失墜し、尊皇倒幕の気運が激成して、幕府崩壊の端を開いたのである。このように、我が国における政府権力の正当性は、天皇陛下の御信任に基づくのであって、それは「国民主権原則」や「象徴天皇制」に基づく現行の政府権力においてすら例外ではないということを安倍首相はゆめゆめ忘れてはならない。

以上の趣意により、安倍首相及び政府は、君臣の分を弁え、これまでの御叡慮を蔑ろにした態度を猛省すると共に、一切の予断を排して承詔必謹し、以て一刻も早く御宸襟を安んじ奉るべきである。右強く要望する。

平成二十九年三月二十八日

内閣総理大臣安倍晋三殿

安倍首相に承詔必謹を求める有志一同
(代表) 折本龍則

坪内隆彦

三浦颯

(賛同者)西村眞悟

四宮正貴

小野耕資

三浦夏南

柳毅一郎

 

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