「歴史認識におけるアメリカの干渉を排す」(『崎門学報』第六号より転載)

日韓合意の衝撃

昨年末の安倍首相による日韓慰安婦合意には愕然とした。安倍首相はこれまで、いわゆる「従軍慰安婦」は韓国側のねつ造であると主張してきたが、今回は掌を返したように、我が国の責任を認めて謝罪し、「慰安婦基金」なるものに十億円を拠出することになった。 過去の日韓基本条約で我が国の法的賠償は済んでいるが、この拠出は事実上の追加賠償に他ならない。現在も世界中のいたるところに韓国人の売春婦が存在している様に、戦時下の朝鮮半島にも多くの朝鮮人慰安婦がいたことは推測に難くないが、彼女たちが我が軍に売春を強要された、いわゆる「従軍慰安婦」であったことを裏付ける証拠はない。この問題は我が国の祖先の名誉と国家の尊厳に関わる問題であるから、政府は、「従軍慰安婦」の存在を認めてはならないし、ましてや謝罪も賠償もしてはならなかった。特に安倍首相は、かねてから「戦後レジームからの脱却」を標榜し、民主党政権の対中韓外交を弱腰といって非難し、自民党が政権を奪還した平成24年の総選挙では「日本を取り戻す」といって政権に返り咲いた人物である。その彼が、あの民主党でもなし得なかった屈辱的譲歩をしてしまったのである。今回の合意によって、安倍首相は自らを政権に押し上げた保守層の期待を裏切り、皮肉にも河野・村山談話の上塗りをすることになった。

曰く「戦後レジームからの脱却」、曰く「日本を取り戻す」、こうしたスローガンで保守層を幻惑しながら、現実には裏腹の政策を推進しているのが、安倍首相の実態ではないか。思い返せば、第一次安倍内閣では靖国参拝を見送り、第二次安倍内閣の発足後も一年以上参拝を遅らせた。この辺から怪しくなりだしたが、戦後七十年談話に際して、あっさりと河野・村山談話を継承したのには唖然とした。また表向きには中国や北朝鮮の脅威を強調し、日米同盟の強化の名の下に集団的自衛権の行使を法制化しながら、現実には軍事的な対米依存=従属を強化し、さらには妥結ありきのTPP交渉によって、我が国を軍事的のみならず経済的にもアメリカに従属させようとしているように見える。

アメリカの圧力

一説によると、今回の慰安婦合意の背景には、日韓の和解によって親米同盟を形成し、対中抑止を図るアメリカの圧力があったという。たしかに、目下、安倍政権が進める安保法制やTPPのほかに、原発再稼働や武器輸出三原則の撤廃、特定機密保護法の制定などは、ジャパン・ハンドラーとして知られるリチャード・アーミテージ米元国務副長官が2013年に出した『第三次アーミテージ・レポート』における提言の内容と奇妙にも一致しており、同レポートのなかでは、我が国の歴史認識についても「同盟国に最大限の可能性を示すためには、日本は韓国との関係を複雑にし続けている歴史問題を直視する必要がある。東京は、両国間の関係における長期的な戦略的見通しを考察し、根拠のない政治的発言を避けるべきである。三国間の防衛協力を強化するために、東京とソウルは未決のGSOMIA(軍事情報包括保護協定)とASCA防衛協定を締結し、三国軍事協約を締結していく必要がある」とあり、まるで今回の日韓合意を予言するようなことが記されているのである。

歴史認識におけるアメリカの我が国に対する干渉は露骨だ。安倍首相による平成25年の靖国参拝に対してアメリカ政府が「失望」を表明したのは記憶に新しいが、昨年4月の安倍首相による米議会演説に際しても、上述したアーミテージ氏は、「世界の聴衆に対して、誠実さを示せ」と発言し、さらにアメリカ政府のローズ大統領副補佐官も、安倍首相が議会演説で日韓関係改善のために、村山談話を継承すべきだと述べている。このように、アメリカはいわゆる「A級戦犯」が合祀された靖国神社への参拝に反対し、「従軍慰安婦」の問題についても、かねてから我が国の韓国に対する外交的譲歩を求めてきた。安倍首相はその外圧に屈したということだろう。ちなみに上述のアーミテージ氏は、昨年秋の叙勲において、イラク戦争を指導した「A級戦犯」であるドナルド・ラムズフェルド元国防長官と共に、かつての勲一等に相当する「旭日大綬章」を受章している。

愛国詐欺?

こうした安倍政権によるアメリカへの露骨な従属政策にも関わらず、アメリカは我が国と韓国を天秤にかけ、忠誠心を競わせている。もし、安倍首相がいうように、我が国がアメリカと「価値を共有する」同盟国であるならば、なぜアメリカは国内のカリフォルニア州グレンデール市やミシガン州デトロイト市で、韓国系の反日団体によって慰安婦像が次々と設置されたのを静観し、放置しているのか。特に、デトロイト市の慰安婦像が韓国人文化会館の前庭、つまり私有地に設置されたのに対して、グレンデール市の慰安婦像が設置されたのは、市の中央図書館に隣接する市有地の公園、つまり公有地であり、これはグランデール市が政府として日韓の歴史問題に容喙し、「従軍慰安婦」の宣伝に加担していることを意味する。現地では、日系住民や我が国の地方議員団などが抗議活動を行っているが、我が国が政府として正式に、グランデール市ないしはアメリカ政府に対して抗議してはいない。2014年、中国政府がハルピン駅に安重根記念館を建設した際には、外務省が中国政府に抗議したが、「同盟国」であるはずのアメリカに対して、何故安倍首相は厳重な抗議を申し入れないのか。それが「日本を取り戻す」ということではないのか。口では愛国を唱えながら、行動ではアメリカに従属し、国家の尊厳を守れぬならば、もはや彼の所業は「愛国詐欺」と言われても仕方あるまい。

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