インド情勢分析の視点―宗教・民族問題の視点から

○問題関心と争点

・インドの人口増加の内訳をみると、ヒンディーの増加が緩慢になっているのに対して、ムスリムは急激な上昇を示している。これはムスリム社会を覆う貧困や宗教的な家族観の相異による他、ネルーの遺産である1民主主義2世俗主義3社会主義の内、密接な関係がある1と2が原因の一つとなっていると思われる。というのも、宿敵のパキスタンがイスラムを国教と定めたのと対照的に、インドは世俗主義に基づく宗教への中立主義に立脚していることが、ムスリム増加の阻止を困難にしていると思われるからだ。バングラデシュからの不法移民も考慮に入れねばならない。

 

・仮に現在の傾向が持続し、ムスリムがインド社会の多数派を形成した場合、甚大な社会騒擾に見舞われると思われる。なぜなら、イスラムの教義において、政治と宗教、個人の公と私の領域は渾然一体であるため、ムスリムはオキュパイしたインドを祭政一致のムスリム国家に改造する誘惑に駆られる、またその際には2002年の悲劇を髣髴させるような、ヒンディーとの凄惨な衝突が発生することが容易に想定されるからである。

 

・また仮にムスリムが引き続き少数派の地位に留まったとしても、彼らは全国的な宗教政党を組織し、インド政治のキャスティングボードを掌握することで広汎な影響力を行使しうるであろう。厄介なシナリオは、そうしたムスリム政党がパキスタンや、国際的なイスラム運動と連動し、インドの内政に干渉する可能性が排除できないことだ。とりあえず、現在のインドにおけるイスラム勢力の構図を把握する必要がある。

 

・ある者はいう。BJPも国民会議も全国的な大衆政党であるから、特定宗教の利害を反映しないし、その必要もないと。では、これまでインドにおける民主主義の経験のなかで、既成政党はムスリムの世論をどれほどすくい上げてきたか。前項に関連して内閣と議会の双方における宗教別の勢力図を把握する必要がある。

 

・インドにイスラムが根を張った原因を探るためには、彼の国の歴史に目を向けねばならない。第一に、ヒンディーはなぜムスリムとの戦争に敗れたのかを知る必要がある。第二に、インドがイスラムの介入を招いた内部要因は果たしてなかったかを調べねばならない。なぜならば、当時イスラムに改宗した在来のヒンディーは少なからず、ロー・カーストの出身者であることが事実だとするならば、インドのカースト制度もまたムスリムの増加とインドの社会的断絶に手を貸していることになるからである。

 

・第三に、現行の世俗主義・中立主義の起源を探らねばならない。上述したように、これはインド独立の主体となった国民会議、就中ネルーの遺産である。国民会議は、英国統治下に結成されたことからも推測されるように、そもそもが親英的であり、その幹部は英国で教育を受けたエリート層であった。よって彼らの代表であるネルーが、英国流の民主政治とフェビアン流の社会主義を掲げたとしても無理はない。一方、インド独立のもう一人の功労者であるチャンドラ・ボースは、英国かぶれのネルーに不信感を抱き、日独と提携して現実政治の中でインドの独立を推し進めた。もし彼が、戦後急逝しなかったとしたら、ネルーに対峙してインドをいかなる方向に指導していただろうか。

 

・インドにおけるヒンディー運動の有力な指導者と目されるモディー・グジャラート州知事をいかに評価すべきか。

 

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