拘幽操師説 浅見絅斎講述 若林強斎筆録4/5

 文王羑里ノ作

文王ハ、武王ノ天下ヲタモタレテ後ノ諡ニシテ、此時ハ西伯ト云タゾ。羑里ハ、殷ノ代ノ獄屋ノ名ナリ。都カラ遥ニ程隔リテ、人モ通ハズ、鳥ノ声モセヌ様ナ所ゾ。此操ハ文王ノ作ラセラレタト云デハナイガ、韓退之ノ文王ノ至徳ノ処ヲ知リヌイテ書レタ。ソレデ文王ノ文王タル真味ユヘ、文王ノ作ト云テモ、是ヨリ外ハ無イ。
 
目窅々(ヨウヨウ)タリ云云
是カラ羑里デノ艱難ヲノベタモノゾ。窅々ハ、目ノヲチ入テ、クボミテ、見ヘヌコト。羑里ノ獄屋ノ月日ノ光モナク、アヤメモワカヌユヘ、目モ落チ入クボミハテヽ、其凝(コル)ト云ハ、水ノコホリタ様ニ、目ノコリカタマリテ、動コト無キヲ云。アヤメヲ見テコソ、目ノ働コトモアルガ、アヤメヲモワカタネバ、コリカタマリテ、目シイタルゾ。
 
耳粛粛タリ云々
粛粛ハ、秋ノ気色ノモノサビシイ様ナコトニモ云。森々トシテ、サヲトナイ貌ゾ。目ニアヤメハミエズトモ、セメテ耳ニ音信(オトズレ)ル声ハ聞ヘサフナ物ジヤガ、誰訪フ者モ無ク、ヅンド音ナイスル人モナイ。
 
朝、日出デズ云云
朝デコソアラウガ、日ガ出ヌ。夜デコソアラウガ、月星ノ光ガ見ヘヌゾ。
 
知ルコト有リヤ、知ルコト無シヤ云々
ソモコレハ、知ル有カ、知ルナイカ、死ダト云ヲフカ、生キテイルト云ヲフカ、困苦惨痛、是ヨリ上ニ云ヲフ様ナイ処ニ至テモ、ヤツパリ紂王ガ愛シウテナラヌ御心ヨリ外ナイ。怨ミヌ筈ジヤノ、ドウジヤノト云コトハナイ。竹ノ子ノドフフミニジツテモ、ハヘタガルヨリ外ナク、火ヲドウタヽキケシテモ、モヘタガルヨリ外ナイクゾ。常人ハ是マデ詰メテ見ルニモ不及、僅ニキコエヌト云ト、モウウラム。怨ミヲアラワスカ、アラワサヌカノ不同コソアレ、ヤハリ長田トナリ、明智トナルタバネハフクンデアル。扨々ヲソルベキコトゾ。文王ハ、是マデツメニツメテモ、雁ハ虫ニ成リテモ北へユクヨリ外ナキ如ク、唯紂王ノイトシフテナラヌ心ハ、コウナレバ、成程イヤマシナ。ソレカラ下ノ詞ノ嗚呼云々ト出タモノゾ。
 
嗚呼、臣が罪、誅ニ当リヌ云云
此一句ガ、「拘幽操」ノ拘幽操タル所、至徳ノ真味真実ヲ知ル処ゾ。嗚呼ト云詞ガ真味カラ出ル語意ニテ、微塵意ヲツケ、タシナムコトデナイ。前ノ辛苦ノ至リカラ、嗚呼ト出ル処、キワメテ肝心正味ノ処ゾ。嗚呼吾ハ御成敗道具ジヤ、アナタハ聖明ノ君ジヤモノト、底心タヽイテ思召ヨリ外ナイ。爰ニ微塵アナタニ非ガミユル、モハヤ君臣ノ根ハキレタゾ。アナタハ、ドウアラウガ、コウアラウガ、愛シク大切ナ心ハ、フルヽナリニ、イヤマシナ、伯兪ガ母ニタヽカルヽ杖トトモニイトフシイモ、マヅコウシタ心ゾ。親ノ子ヲ愛スルニ、ヨケレバヨイニツケテ、愈々カワユシ、アシケレバアシイニツケテ、イヨ〱カワユイモ、親子一体ノ、ハヘヌキユヘゾ。殷紂ガコトハ、誰知ラヌ者モナイ暴虐ノ天子、ソレヲ文王聖明トアリ。文王ハ却テ臣罪当誅トアルハ、カイトツテ、スマヌコトノ様ナガ、文王ノ心ヨリミレバ、親子一体ハヘヌキノ、イトヲシイ心ヨリ外ナイ如クユヘ、是ジヤノ、非ジヤノト、クラベルコトハナイ。唯フルヽナリニ、ドチヘドウシテモ、イトヲシイ、其心カラ、我事ヘヤウガアシケレバコソカウアレ、アナタニハ聖明ジヤ者ヲト、思召スヨリ外ナイゾ。順天命応人心ノ、権道ジヤノト云ガ、此心カラミレバ、イマ〱シフテドフモナラヌ。爰ガ文王至徳ノ処ニテ、武未尽善処、天下万世臣子ノ目当、是ヨリ外ナイ。爰ガアカネバ、一人扶持トルコトモナラヌ。ヲゾマシイ処ガアルゾ。可懼々々。
 
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