チベットの歴史1

はじめに

チベット問題、すなわちチベットの政治的地位をめぐるシナとの積年の対立は、ナショナリズムをめぐる対立である。ナショナリズムについては国家と民族という単位が合致せねばならないのかという、いかにも感情を湧き立てる問題が議論されてきた。そしてこの問題は、多民族国家である中華人民共和国がいわゆる歴史的な領土の一体性として主張する権利にチベット人の民族自決権を対置させる。

 こうしたナショナリズムに関する対立は容易に解答を見出しがたい。というのも、国際社会は、民族が自決権を要求することが正当化されるのはいつか、あるいは多民族国家が分離分裂を阻止する権利を持つのはいつかという点について、いまだコンセンサスに至っていないからである。現行の国連憲章は曖昧な表現にとどまっている。例えば、憲章第2章第1条は国際連合の目的について「権利平等と民族自決の原則の尊重に基づいた民族間の友好的な関係」を保障することにあると述べている一方で、第7章第2条は「現在の憲章は、本質的に、いかなる国家の国内的な司法権の範疇にある問題に対しても国連がこれに干渉することを容認するものではない」と述べているのである。しかし、南北分裂の脅威を克服するためにアメリカ合衆国が戦争に訴えたときのように、軍事介入はしばしば最後の調停人の役割を演じるものだ。

 チベットは世界の僻陬を占めているに過ぎないにもかかわらず、このチベット問題は多くの欧米人の想像力を掻き立て共感を得、アメリカの政治社会全体に反響をもたらしたばかりか、いまや米中関係の主だった阻害要因にまでなっている。しかしこの問題はそれほど正確には理解されていない。民族間の紛争によくあることだが、ある領土を支配するための闘いは、その領土の歴史や現在における出来事への代表権の掌握と相即している。対立の双方(そしてその外国における支持者)は通常、国際社会から認知と彼らの言い分への同情を勝ち得るために、それらの出来事をひどく感情的かつしばしば率直さに欠けた言葉で描き出す。歴史はその主戦場であり、対立の真相は政治的なレトリックの不透明な言い回しによって曖昧にされてきた。よって興味ある観察者もこうした双方の相矛盾する主張の応酬に圧倒され、専門家ですら対立の冷静で客観的な評価がひどく困難になってしまっている。

 

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