拘幽操師説 浅見絅斎講述 若林強斎筆録1/5

 「拘幽操」ハ、唐の韓退之ノ作也。韓退之ハ、唐ナラシテ第一番ノ文者デ、「韓文」ト云テ、一家ノ文集ガアル。余程アルモノ。其中ニ、此「拘幽操」モアル。惣テ古カラ文者ト云モノハ、先詞章ヲ専一ノ務トシテ、義理ヲ知ラズニ書モノジャガ、韓退之ニ於テハ、世ノツネノ文者トチガウテ、義理ヲ知テカカレタ。深ク道ノ大本ヲ識得ラレタトハ云ヘネドモ、孟子以来、見ル処アル人ハ、董仲舒ト此人トヲ指スコトデ、尋常ノ文章家トアシラウコトデナイ。故ニ程子モ、韓退之ニ於テハ、常体ノ文者ノ様ニ容易ニモ見ナト仰ラレ、朱子モ「韓文」ノ為ニ「考異」ヲナサレタ程ノコト。何故ナラバ、此様ナ作有テ、文王ノ文王タル処、至徳ノ肝心ヲ云イヌカレタニ依テノコト。「楚辞」ナドニモ、此文ガノセテ有レドモ、程朱以来、是デ文王至徳ノ所ガ見ヘルト云ヲ識人ハモトヨリノコト、名ヲ聞タ人モ希ナコトデ、常ノ文章ナミニ心得テ居タ。ソレヲ山崎先生ニ至リ、此文ヲ表章ナサレ、程朱ノ説ヲ後ニ附シテ凡学者読論語(凡ソ学者論語ヲ読ム)モノ、至徳ト云ノ実ヲ知ラシメテ、忠孝ノ目当トナセリ。

 古カラ君ニ仕ルモノガ、常ノ場デハ忠ナヨウニミユレドモ、ソレハ君ノアシライガ結構ナリ、太平無事ナ時ハ、皆サウアルモノ、或ハ何トゾ云場ニノゾンデ、君ノ為ニ身命ヲ捨テモスルケナゲナ者モナイデハナケレドモ、大ムネ名デスルカ、利デスルカ、又ハ一旦ノ感激デスルカ、根ヲサラヘテ見タトキハ、真実君ガイトヲシフテ、忍ビラレヌト云至誠惻怛ノ本心ヲ尽ス本法ノ忠トハイヘヌ。何トゾ気ニ入タイ、何トゾ立身ガシタイ、加増ガ取タイト云様ナキタナイ心入レデ、御髭ノ塵ヲ取モノヤ、マサカノ場ニカイフツテ逃ルモノハノケテヲイテ、随分忠義々々ト云フ合点デモ、畢竟君ガ愛シイト云本心ヨリ出ネバ、少シ君ノアシライガワルフナルカ、或ハ讒ニ逢カ、何ゾ我ガ意ニチガフタコトガアルト、ハヤイツノ間ニカ、御恩ガ有難イノ、身命ヲ献ラフノト思フタ心ハ、ドコヘカヤリテ、サリトテハキコヘヌコトヂヤ、主ニハ勝レヌニヨツテヂヤガ、アアシヤル筈デハナイ、主君ナレバコソ、ダマリテ居レト云ヤウニ、君ヲ怨ル心ガ出来ル。此怨ル一念ノ、主君ナレバコソト思フ心ガ、スグニ君ヲ弑スル心、敵ニ与スル心、古カラ乱臣賊子ノ君ヲ弑スルノ、父ヲ弑スルノト云モ、此ワヅカナコトヲ怨ル一念ノ、積リ積リテノコトデ、一朝一夕ノ際ニ、フツトキザスモノデハナイ。スレバ何ホド結構ナ奉公ブリデモ、働ガ有テモ、真味真実、君ガイトシフテナラヌト云至誠惻怛ノツキヌケタデナケレバ、忠デナイ。

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