三橋貴明『日本「新」社会主義宣言』(2016、徳間書店)の要約

三橋表紙・筆者によると、近年の我が国於けるデフレは1997年の橋本政権における消費増税が発端であるという。バブル崩壊後の景気後退局面で橋本政権は消費税を5%に増税し、さらに財政支出の削減を行った。その結果、国民の消費や投資が減り、需要が収縮したことでデフレに陥ったのである。消費増税の結果、国民総所得としてのGDPは縮小し、政府の租税収入も6兆円減った。

・安倍首相は、昨今のデフレを「貨幣現象」といったが、実体は、消費や投資を含む総需要の不足である。GDPの三面等価の原則から、国民の総需要と総所得はイコールになる。つまり、総需要の不足は、総所得の減少を意味し、所得の低下がさらに消費や投資の減少をもたらし、総需要の不足がデフレに拍車をかけるという悪循環に陥っているのである。

・2012年に発足した安倍政権は、14年に消費税を8%に押し上げ、さらには17年4月に10%に押し上げようとしている。デフレ下での消費増税は、物価を強制的に引き上げ、国民の消費や投資を押し下げる結果、更なる経済のデフレ収縮を引き起こす。事実、14年における消費増税の結果、我が国の民間消費支出(個人消費)と民間企業設備はともに4%代で下落し、GDPは二期連続のマイナス成長を記録した。

・安倍自民党は、14年の選挙公約で2020年までのプライマリー・バランス(国債の元利払いを除いた政府の歳入と歳出のバランス)の黒字化を謳い、選挙後の経済財政諮問会議と産業競争力会議においてまとめられた「骨太方針」では、財政健全化のために公約通り20年までのPB黒字化を目指されすことが盛り込まれた。自民党内では、財政健全化のために歳出削減を求める意見もあるが、政府がPBを黒字化したいなら、短期的な財政出動でデフレ脱却し、名目GDPと税収を増やさねばならない。政府の経済政策にPB目標を導入したのは、小泉政権下で経済財政政策担当大臣であった竹中平蔵である。竹中は、安倍政権においても、産業競争力会議や国家戦略特区諮問会議の民間議員を務めている。

・竹中が、小泉政権下で推し進めた緊縮財政と構造改革は、我が国のデフレ不況を深刻化させ、国民を痛めつけた。安倍政権も事実上、構造改革路線を継承し、労働規制緩和や電力自由化、農協改革、混合診療の拡大などの自由化政策を推し進めている。なかでも、労働規制の緩和は、外国人労働者や非正規雇用を拡大させ、労働者の実質賃金の低下を招く一方で、竹中が代表を務めるパソナなど、人材派遣会社の利権を飛躍的に拡大させる。しかし安倍首相が「岩盤規制」と呼ぶ、これらの規制は、国民の安定した生活を守るために必要なものだ。

・また農協改革も、その本質は、アメリカの金融業界が農林中金やJA共済という巨大マーケットに参入するための布石であり、JAの格式会社化も、カーギル社などの穀物メジャーが我が国の農業を買収する道を開くものだ。こうした改革は郵政改革のときと同じだ。日本郵政から郵貯と簡保が切り離されたのと同様に、JAから農林中金やJA共済という黒字事業が分離されれば、その黒字で補填されていたJAの赤字は、結局「税金投入」という形で国民が負担せざるを得ない。

・「日経平均至上主義」にとらわれた安倍首相は、上述した労働規制緩和のほか、円安政策、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による株式保有の拡大、法人減税などの政策によって株価を押し上げ、支持率を維持しようとしている。しかし、我が国の株式市場における取引は外国人投資家71%(2015)を占めており、企業の増益による配当金や株価の上昇によるキャピタルゲインは外資を益するだけである。

・日銀の量的緩和は、日銀当座預金残高を主とするマネタリーベースを増やことにはなっても、民間銀行などの金融機関から経済全体に供給されている通貨の総量であるマネーストックの増加を意味するものではない。量的緩和の結果、16年1月時点で日銀当座預金は254兆7249億円に膨れ上がったが、15年12月時点のマネーストックは921兆円である。結局民間での資金需要が増えなければ、総需要も不足し、デフレ脱却はできない。

・近年の構造改革論は、1980年代のアメリカでミルトン・フリードマン等シカゴ学派が唱えた新自由主義的なイデオロギーが根底にある。規制緩和や民営化を唱える構造改革論は、インフレ下での不況(スタグフレーション)に対しては有効かもしれないが、デフレ下では、総需要を一層減少させ経済を破滅させる。

・また構造改革による規制緩和や民営化は、政府と結びついた一部のレント・シーカ―に新規参入による利益をもたらす。郵政民営化では、かんぽ生命から1兆2000億円、ゆうちょ銀行から最大22兆7000億円が外資に流れた。またかんぽ生命のがん保険はアフラックが独占した。新規参入による競争は、決して公正ではない。

・安倍首相は、TPPを推し進め、我が国が経済成長するためには外需に依存せざるをえないという「経済的自虐主義」に染まっている。しかし中国経済の失速も一因となり、現在の世界は実質GDPが成長しても貿易が増えにくいスロー・トレードの時代に突入しており、外需主導の成長は期待できない。またTPPに関しても、TPP加盟国のうち、我が国の輸出先の六割を占めるアメリカの自動車関税はそもそも低く、さらにその低い関税の撤廃時期も15年から30年と長く、TPP批准による輸出拡大は期待できない。

・その反面で、TPPはISDやラチェット条項で我が国の主権を制限し、グローバル投資家に対する「内国民待遇」を我が国に求め、我が国が安全保障上の理由で特定の産業に外資規制を設けることを禁止する。

・我が国の「国富」とは、対外純資産ではなく、投資によって蓄積されたインフラや、我が国固有の土地、資源からなる生産資産によって計られる。昨今の日本の低成長の最大の理由は、この生産資産に対する投資を怠ったことにある。特に人材投資は労働者の生産性を高め、「単位労働コスト」を引き下げることによって国際的な価格競争力の強化にもつながる。

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