チベットの歴史7 ゲルク派(黄帽派)の勃興

 チベットにおけるゲルク派の台頭

チベットがモンゴルに服従した13世紀、ダライ・ラマが属するゲルク派、あるいは別の名を黄帽派という一派はまだ生まれていなかった。当時チベットはサキャやカルギュといった幾つかの「赤帽」派の宗派に独占されていた。後にチベット最大の宗派となるゲルク派が立ち現れるのは、14世紀後半、アムドの卓越した僧侶であるツォンカパ(Tsongkapa)1372年に当時の偉大な全てのラマに教えを乞うため中央チベットを来訪したときに遡る。カリスマ的人物であるツォンカパは、中央チベットにおけるぞっとすような道徳的堕落、なかでも僧侶たちによる独身の誓いの破戒を目撃し、寺院での厳格な独身の誓いに重点を置いた改革主義的な教義と悟りにいたる方法として学問的な研究を説き始めた。これがゲルク派が創始された由縁であり、ゲルクとはチベット語で「美徳の体系」を意味する。

 1408年、ツォンカパは一か月に亘る大祈祷祭をラサの中心地で開催するのを慣習化し、1409年には、彼自身の寺院であるガンデン寺を、ラサを東に隔たることおよそ43キロにある山腹に建立した。彼の著述と説教に魅惑された敬虔な弟子たちは一つの派閥を成して彼の思想を普及させ、仏教における斬新で活力に満ちた宗派を生み出した。既成の宗派と差別化するため、ツォンカパの信者たちは赤帽の代わりに黄帽を被るようになったため、黄帽派として知られるようになった。時を待たずして、ツォンカパの弟子たちはゲルク派の二大寺院となるデプン(Drepung)寺院を1416年、そしてセラ(Sera)寺院を1419年に建立した。ラサのすぐ郊外に位置するこれらの二寺院は1950年までに一万五千人の僧侶が居住する小さな町を形作った。さらにツォンカパの有名な弟子たちの一人であるゲンダンドルップ(Gendundrup)は、1445年、シガツェという町の近くにタシルンポ寺院を建立し、ゲルク派の影響力をチベットの南西(ツァン(Tsang)地方)に拡大した。

 

 

 

 ツォンカパ(Tsongkapa)

 

カテゴリー: インド・チベット パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。