伊勢崎賢治・布施祐仁著『主権なき平和国家』(平成三十年、集英社)メモ

日米行政協定(現在の日米地位協定)について

「今後の協定によりますと、軍人・軍属、家族の私用中の問題についても、日本は裁判管轄権を及ぼし得ないということになっておるので、これは安政和親条約以下であります。このような不平等条約を我々が黙認して承認するとすれば、我々は再び明治年代の条約改正運動の方に進まなければならないのであります。このような重大な問題を予算委員会において今まで討議して来たのにもかかわらず、岡崎及び吉田両国務大臣は口を緘して語らない、これが独善秘密外交、吉田内閣の特色であるのであります。」(一九五二年二月二十六日、衆議院予算委員会)

これは日米行政協定、すなわち現在の日米地位協定に関して、当時の野党議員であった中曽根康弘が吉田茂内閣を厳しく追及して述べた言葉である。

日米地位協定は、在日米軍に以下のような特権を与えている。

〇日本のどこにでも施設・区域の提供を求める権利(二条)

〇提供された施設・区域内ですべての管理権を行使する権利(三条)

〇施設・区域を返還する際、原状回復・補償の義務を免除される権利(四条)

〇米軍の船舶・航空機が日本に出入りする権利、日本国内を自由に移動する権利(五条)

〇日本の公共サービスを優先的に利用する権利(七条)

〇米兵・軍属・家族が日本に出入国する権利。米兵について出入国を免除される権利(九条)

〇関税・税関検査を免除される権利(一一条)

〇課税を免除される権利(一三条)

〇公務執行中の刑事事件についてアメリカ側が優先的に裁判権を行使する権利。日本の捜査機関による身柄の拘禁から免除される権利(一七条)

〇損害補償、民事裁判権に関するさまざまな免除を受ける権利(一八条)

刑事裁判権について

現行の日米地位協定では、米軍人・軍属への犯罪や、公務執行中の犯罪以外は、日本側に刑事裁判権があるとしているが、公務外でもアメリカが被疑者の身柄を最初に確保した場合や被疑者が基地内に逃げ帰った場合は、日本側が起訴するまでアメリカが被疑者の身柄を拘禁することになっており、被疑者の身柄がなければ捜査が難しいことから、起訴に至るケースはまれであった。しかし、1995年の米兵による少女暴行事件によって沖縄県民の怒りは頂点に達し、日米両政府は、日米合同委員会合意で、殺人と強姦事件に限り、起訴前の身柄引き渡しが可能になった。しかしこの合意も、地位協定の改定ではなく運用レベルの改善(「好意的な考慮を払う」)にとどまり、アメリカは日本側の要請を拒否することができる。これは殺人や強姦、強盗など、十二種の凶悪犯罪に限り、起訴前の身柄引き渡しが可能な米韓地位協定よりも不利な条件である。

日米行政協定の交渉当初、我が国は米兵が公務外で犯した犯罪については受け入れ国側が第一次裁判権を行使するというNATO地位協定方式を主張したが、逆にアメリカは一次裁判権の放棄を要求してきた。そこで表向きの協定は、NATO方式に改定されたが、その裏では、一九五三年の日米合同委員会において、日本側代表の津田實法務省刑事局総務課長がアメリカ側に「実質的に重要な」事件以外は裁判権を行使しないことを約していた。我が国における米兵の犯罪に対する起訴率が異常に低いのは、この密約が背景にあるとされる。

基地管理権について

地位協定第三条

「合衆国は、施設及び区域内において、それらの設定、運営、警護及び管理のために必要なすべての措置を執ることができる」として、基地の排他的使用権を定めている。また米軍基地外での飛行訓練についても、当初は日本政府が提供する演習区域の上空のみで行われ、その場合も事前に米軍から日本政府に通報がなされることになっていたが、後に「空対地射撃爆撃等を伴わない単なる飛行訓練は、本来施設・区域内に限定して行うことが予想されている活動ではなく、地位協定上、我が国領空においては施設・区域上空でしか行い得ない活動ではない。(外務省「日米地位協定の考え方 増補版」)と解釈が変更された。

横田ラプコンの法的根拠

行政協定第三条では、米軍は基地内での排他的管理権を持つだけでなく、基地外でも基地の防衛や管理、基地のアクセスを確保するために必要な権限有していた。これに対し日本側は、基地内であっても、管理権は両政府間で合意した条件の範囲内で認め、基地外では日本政府が米軍の運用に必要な措置をとることを提案した。その結果、地位協定では、米軍の「施設及び区域に隣接し又はそれらの近傍の土地、領水及び空間において、関係法令の範囲内で必要な措置を執るものとする」(第三条)とし、基地外については、米軍基地へのアクセスを確保するために必要な措置は原則日本政府がとることになったが、その裏では藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日大使の間で、「基地権密約」と呼ばれる次の合意がなされた。「日本国における合衆国軍隊の使用のため日本政府によって許与された施設及び区域での合衆国の権利は、一九六〇年一月一九日にワシントンで調印された協定第三条第一項の改定された文言のもとで、一九五二年二月二八日に東京で調印された協定のもとでと変わることなく続く。」

一方で、イタリアにおける駐留米軍の行動は、あくまでイタリアの法律と政府が許す範囲内でしか認められていない。またイタリア軍司令官が米軍の行動が明らかに一般公衆の生命や健康に危険を及ぼすと判断した場合は、直ちにその行動を中止するように介入できる。

またドイツも、一九九三年に改定されたボン補足協定によって、NATO諸国軍はドイツの法律が許す範囲内でしか管理権を行使できず、基地の外での訓練も、陸上空域を問わずドイツの法律に従い、ドイツ国防大臣の承認を得なければならなくなった。

国外での軍事作戦のための基地使用について

トルコ、イタリア、イラクはそれぞれの地位協定に基づいて、国外での軍事作戦に駐留米軍基地を使うことを制限している。我が国も、アメリカの戦争に巻き込まれるという懸念から、

一九六〇年一月一九日、岸首相とハーター国務長官の間で

①    合衆国軍隊の日本国への配置における重要な変更

②    同軍隊の装備における重要な変更

③    日本国から行われる戦闘作戦行動のための基地としての日本国内の施設及び区域の使用

を事前協議の対象とした。しかしその裏では、またしても藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日大使の間で、日本に配備されている米軍機が日本国外に「移動」し、そこから発信して空爆を行う場合は事前協議の対象にはならないこと、また朝鮮有事の際には事前協議なしで出撃できるという密約が交わされていた。

「全土基地方式」について

「我々は日本に、我々が望むだけの兵力を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を獲得できるであろうか―これが根本的な問題である。」(ジョン・フォスター・ダレス国務省顧問)

日米地位協定第二条一項

(a)     合衆国は、相互協力及び安全保障条約第六条の規定に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許される。個個の施設及び区域に関する協定は、第二十五条に定める合同委員会を通じて両政府が締結しなければならない。(後略)

日米安保条約第六条

日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。(後略)

「地位協定が個々の施設・区域の提供を我が国の個別の同意によらしめていることは、安保条約第六条の施設・区域の提供目的に合致した米側の提供要求を我が国が合理的な理由なしに拒否し得ることを意味するものではない。特定の施設・区域の要否は、本来は、安保条約の目的、その時の国際情勢及び当該施設・区域の機能を綜合して判断されるべきものであろうが、かかる判断を個々の施設・区域について行うことは実際問題として困難である。むしろ、安保条約は、かかる判断については、日米間に基本的な意見の一致があることを前提として成り立っていると理解すべきである

このような考え方からすれば、例えば北方領土の返還の条件として「返還後の北方領土には施設・区域を設けない」との法的義務をあらかじめ一般的に日本側が負うようなことをソ連側と約することは、安保条約・地位協定上問題があるということになる。」(「日米地位協定の考え方 増補版」)

思いやり予算の法的根拠

日米地位協定第二四条

一、 日本国に合衆国軍隊を維持することに伴うすべての経費は、二に規定するところにより日本国が負担すべきものを除くほか、この協定の存続期間中日本国に負担をかけないで合衆国が負担することが合意される。

二、  日本国は、第二条及び第三条に定めるすべての施設及び区域並びに路線権(飛行場及び港における施設及び区域のように共同に使用される施設及び区域を含む。)をこの協定の存続期間中合衆国に負担をかけないで提供し、かつ、相当の場合には、施設及び区域並びに路線権の所有者及び提供者に補償を行うことが合意される。

→円高ドル安や対日貿易赤字の拡大を理由に拡大解釈

一九七八年、金丸信防衛庁長官がブラウン国防長官との会談で「在日米軍の駐留経費の問題については、思いやりの精神でできる限りの努力を払いたい」と約束。一九八七年以降は特別協定で基地従業員(娯楽施設も含む)の給料や水道光熱費も負担。かくして一九七八年に六二億円でスタートした思いやり予算は、わずか一五年の間に、三〇倍を超える二〇〇〇億円規模に膨張。

日本の突出した駐留経費負担に対する政府の見解

「まずこの駐留経費の負担の仕方の差の前に、そもそもNATO条約、あるいは米韓、米比も同様でございますけれども、それぞれの条約のもとで関係国は相互防衛義務、つまりアメリカを守る義務を負っているという点がございます。」(松浦晃一郎外務省北米局長、一九九一四月二日、参議院外務委員会)

「米国は日本防衛の義務を負っているが、我が国は米国の領土や我が国の領域以外の場所にいる米軍が攻撃されても、これを防衛する義務を負っていないという特徴を持っていることに留意する必要がある。後者は、我が国が憲法上集団的自衛権を行使し得ないことによるものであって、NATO条約において加盟各国が米国本土に対する攻撃に対しても相互に防衛する義務を負っていること、また米韓相互防衛条約においても、韓国は太平洋において、いずれか一方の締約国に対する武力攻撃があった場合、米国と相互に防衛し合うこととしているのと比較すると極めて異なったものとなっており、これらの事実は、我が国の安全保障を考える上で十分認識されなければならない。したがって、西独及び韓国と我が国とを、駐留経費支援について同列に考えることはできない。」(防衛庁、ポジションペーパー「在日米軍駐留支援について(未定稿)一九九〇年三月二八日」)

しかし日米安保の「片務性」に基づく「安保ただのり論」は間違い。一九九一年の特別協定を結んだ時のアメリカ国防長官、ディック・チェイニー氏も「米軍が日本にいるのは、日本を防衛するためではない。米軍にとって日本駐留の利点は、必要とあれば常に出撃できる前方基地として使用できることである。しかも日本は米軍駐留経費の七五%を負担してくれる。極東に駐留する米海軍は、米国本土から出撃するより安いコストで配備されている」(一九九二年三月五日、米下院軍事委員会)

日本政府は二〇一六年一月二二日、二〇二〇年度までの五年間で総額九四六五億円のおもいやり予算を日本が負担する特別協定に署名。この金額は、二〇一一年から二〇一五年度までの総額を一三三億円上回る。(画像は財務省のサイトをもとに筆者作成)

 

 

 

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