前泊博盛編著『本当は憲法よりも大切な「日米地位協定入門」』(創元社)を読む④

その4.わが国における米兵犯罪の取り締まりについては文字通りの「治外法権」がまかり通っている。

具体的には、第一に日米地位協定では、米兵が公務中の場合、彼らがどんな罪を犯しても日本側が裁くことはできない。第二に、公務中でなくても日本の警察に逮捕されるまでに米軍基地に逃げ込んでしまえば、処断するのが相当困難になる。第三に、基地に逃げ込む前に逮捕できたとしてもほとんど事件において日本側は裁判権を放棄するという密約が日米間で交わされている。

まず第一について、その根拠条文は地位協定17条3項(a)に「合衆国の軍当局は、次の罪については、合衆国軍隊の構成員または軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を有する。」とあり、その(ii)に「公務執行中の作為または不作為から生じる罪」とある。

第二については、地位協定17条5項(c)に「日本側が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員または軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行なうものとする」とある。つまり公務執行中以外での米兵犯罪では、わが国の司法に裁判権があるが、しかしその場合も米軍内にいる犯人を日本の警察が逮捕し尋問することができないので、起訴できる可能性が非常に低くなるのである。

第三について本書を引用すると「国際問題研究家の新原昭二さんが発見したアメリカの公文書によって日米行政協定が改定された直後の1953年10月28日、日米合同委員会の非公開議事録で、日本側は事実上、米軍関係者についての裁判権を放棄するという密約が結ばれていたことがわかった」(146)という。

では、地位協定がかくまで従属的であるからには、それによって支えられている現行の日米安保条約は、さぞかしわが国の防衛に裨益すること大なるに違いないと思いきや、残念ながら実際は裏腹である。

特に1960年に改定された日米安保は、アメリカの対日防衛義務を明確化したと一般では思われているが、安保条約第五条をみると「各締約国は日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が自国の平和および安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定および手続きにしたがって共通の危険に対処するように行動することを宣言する」とあり、あくまで有事における対日防衛がアメリカの「憲法上の規定および手続き」に制約されることになっている。これは同様の場合にNATO条約では「必要な行動(兵力の使用を含む)を(略)ただちにとる」とあるのと対照的である。

また地位協定に関連して、わが国政府は米軍が使用する民有地の賃料を負担しているだけでなく、宿舎や倉庫などの米軍施設の建設維持費や水道光熱費までも国費によってまかなっている。そればかりか、いわゆる「思いやり予算」を含め毎年2500億円もの国費が特別経費として在日米軍に供出されている。

こうしてみると、地位協定やその上位規範である日米安保は、わが国が米軍に「治外法権」を髣髴させる巨大な特権を与え、莫大な国費を投じている一方で、米軍は有事の際して実質的にはわが国を防衛する義務がないという意味で、極めて不平等、支配-従属的な取り決めであると断定せざるをえない。

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