パトリック・ブキャナン論説『いまこそ、祖国に帰るとき?』

アメリカ保守の重鎮とされるパトリック・ブキャナン(Patrick J. Buchanan)が、自身の今月13日付ホームページで、昨今のイスラム世界における反米騒擾に関する論説(『Is It Time to Come Home?』)を発表していたので、以下に全文邦訳を掲載する。原文は以下。http://buchanan.org/blog/is-it-time-to-come-home-5238

ブキャナンのスタンスは、ネオコンと違い、欧米的な価値観を普遍化しようとせず、勢力均衡の視点で国際政治を判断するのが特徴だ。アメリカにしては稀有な良識である。

 

『いまこそ、祖国に帰るとき?』

我々(アメリカ)の中東と近東に対する関与について損益分析がなされたのはそんな昔の話ではない。

 今世紀に入って以来のほんの短い間に、我々は歴史上最長となる戦争を二つも遂行し、「アラブの春」の背後ではその道徳的な威力を如何なく発揮した結果、チュニジアやエジプト、イエメンといった国を崩壊に追いやった。また我々の空軍力でベンガジを守り、カダフィー大佐を失脚させた。

 しかし今週、チュニジアやエジプト、イエメンの米国大使館は包囲されベンガジでは我が国の外交官が殺害されている。

 上述した二つの戦争におけるコストは、6500人の死亡者と40000人の負傷者、そして2兆ドルの歳費であり、それがアメリカの負債に加算された16兆という額は、同国全体の経済規模を上回っている。いったいこれらのコストを何と命名すればよいのだろう。

 我々はモロッコからパキスタンまで、燎原の火の如く燃え広がる憎悪に直面している。群衆によって星条旗がずたずたに切り裂かれ、焼き払われる光景はいまや普通のことになったので、ほとんどそんなことには慣れっこになってしまった。

 ではアラブとイスラムによる憎悪は何に由来しているのか。

 ウサマ・ビンラディンは我々に対する宣戦布告のなかで、三つの開戦理由を挙げている。

第一に、彼らの聖地であるメッカとメディナを擁するサウジアラビアに米軍が存在していることである。第二に、アメリカがイラクに与えた制裁であり、それは50万人以上のイラク人の子供を早産によって殺したといわれている。

 第三に、米国によるイスラエルへの支援である。それはアラブ世界のなかで、彼らを侮辱する植民地主義的な侵略であり、パレスチナ人が独立した国家を持つ権利の否定であるとみなされている。

 最近では、アラブとムスリムが我々を憎悪する新たな理由が持ち上がってきた。

第一には、敬虔なムスリムが、我々の不道徳で退廃的な文化と見なすものであり、それは彼らの社会とその若者に対する脅威と見なされている。

 第二は、イスラムを嫌悪し、悪く言うアメリカと西欧の連中の存在である。彼らはわざと預言者ムハンマドに対する侮蔑的で冒涜的な肖像画を掲げることでムスリムを挑発している。

 サウジアラビアにおける米軍基地がこれまでに大部分閉鎖され、米国がイラクからほとんど撤退し、制裁も解除されたが、その一方でアメリカはイスラム世界の主張を許容するために自分自身を変えるつもりはない。

 イスラエルへの支援は民主党と共和党の両方が鮮明にしている。またヒラリー・クリントン国務長官は「ムスリムの無知」と題する、昨今の反米暴動の要因ともなった残酷なアマチュア映画を指して、唾棄され非難に値する作品といみじくも述べたが、それでも我々は挑発的な言論とポルノを擁護する憲法第一修正を変更するつもりはない。

 しかし世界中には、信仰を最もかけがえのない財産としている莫大なムスリムが存在しているのだ。彼らは信仰のために生き、そして信仰のために死ぬ。そして少なからざるムスリムは、信仰のためなら殺人さえもいとわない。そうした信仰に対して、他の人々は想像上ないしは現実の侮辱を加えるので、結果、それにいきり立った群衆は我々を彼らの国から締め出そうとするであろう。

 それでも一部のアメリカ人は、そうしたイスラムに対する侮辱を擁護して本や映画、ビデオにし、イスラムに対する侮蔑を表明するだろう。

 よっていまや我々は和解不能な紛争を抱えているのである。

 イスラム世界、なでもアラブ地域全般は、「大覚醒」と呼ばれる変革の過程にある。ナイジェリアからマリ、マリからエチオピア、エチオピアからスーダン、スーダンからマグレブ、そして中東と近東に至るムスリムはキリスト教とその他の宗教の信条に対してより好戦的で敵対的になっている。

 そして我々はイスラエルに対する態度や上述したような文化、さらには憲法第一修正を変えるつもりはないので、彼らとの衝突は不可避である。

 おそらくアメリカにとって最善のシナリオは、イスラム世界におけるプレゼンスを弱め、外交官や軍隊の大半を祖国に帰還させることである。彼らには、自分たち自身の運命にかかわる仕事をさせてあげればいい。

 第二に、アフガニスタンやイラクにおける戦争や、リビアへの介入のコストと結果に照らして、シリアでの戦争は彼ら自身で解決させよう。アサド政権が崩壊したとしても、彼の失脚を求める反政府軍のなかには、ジハード主義者やアルカイダが存在しているので、それが米国にとって改善を意味する保証はない。

 第三に、米国はエジプト政府に対し、先の米国大使館への暴虐は治安当局の過失が原因だという事を言ってやらねばならない。我々が彼らを利益を共有する友好的な政権だと見なせなくなれば、何のためらいもなく彼らへの支援を打ち切り、米国市民にエジプトに旅行しないよう警告するだろう。

 米国と西欧からの融資と旅行者がなくなれば、エジプト経済は操縦室にいるモルシ大統領とともに沈没してしまうだろう。我が国に相応しい尊敬が否定されるならば、彼らの政権の息の根を止めてやるということを我々は彼らにはっきりさせねばならない。

 中東で繰り広げられている党派ないしは部族間の抗争は、かつて1618年から1648年まで続いた「30年戦争」に似ていなくもない。彼らの抗争が我々の30年戦争と一線を画するように、我々も彼らの抗争と一線を画そう。

 彼らが星条旗を燃やしに来る群衆から大使館を守れないなら、その旗を引き下ろして古き良き祖国に持ち帰ろうではないか。

 

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