第三次アーミテージ報告(全訳資料):『米日同盟―アジア安定の鎮台』(2012.8)⑦

シナの再興

過去三十年における彗星のごときシナの経済力及び軍事力、政治的影響力における興隆は世界で最多の人口を誇る国を劇的に変えたのみならず、ポスト冷戦における東アジアの地政学的風景を決定的に形作るものであった。強固な米日同盟は、シナの再興を抑制するどころか、却って安定的にして予測可能、そして安全な環境をシナに提供することによって彼の国の繁栄に貢献してきた。米日同盟は、シナの成功に利害を有している。しかし、シナがその新たに構築した国力を如何なる意図で使用するのか(既存の国際ルールを補強するのか、北京の利益に従ってそれらを改定するのか、それとも両方か)という点に関する透明性の欠如と曖昧性は、懸念を増幅させている。

 特に不安なのは、シナがその核心的利益を能う限り拡大していることである。公式に言われている新疆やチベット、台湾の三つに加えて、南シナ海や尖閣諸島がシナの新たに出現した利益として言及されるようになった。後者はいまだ公式に宣言されていないが、人民解放軍(PLA)の海軍による南シナ海と東シナ海におけるプレゼンスの増大は、それが公式に宣言されることを推測させる。主権に対する共有されたテーマは一層北京の尖閣諸島や南シナ海での意図に疑義を呈させる。確かなことは一つである。それはシナの核心的利益に関する主張の曖昧さは、地域における外交的信用力を減少させるということである。

 シナに対する同盟の戦略は関与とヘッジの混合であり、それはシナがその急速に成長する包括的な国力をいかなる仕方で使用するかという点に関する不確実性に適したものであった。しかしシナの軍事力及び政治的自己主張の増長に対して同盟が講じてきたヘッジ策の取り組みの殆ど(同盟の地理的活動範囲の緩やかな拡大、ミサイル防衛技術の共同開発、シーレーンの維持に関係した相互実用性と任務に関する関心の喚起、ASEANのような地域的枠組みの強化に向けた努力、航海の自由に対する新たな焦点化、201112月の米日印三国間での新たな戦略対話など)は、シナが高度経済成長の道程に沿って歩み続け、それに相応した軍事支出と潜在能力を可能な限り増加させるであろうという想定に基いていた。

 もはやこうした想定は確かではない。シナが1979年に鄧小平によって「改革開放」を開始してから四十年目に移行するなか、成長の鈍化を伺わせる兆候がたくさん表れている。輸出主導から内需主導の経済に移行するシナの能力には疑義が存する。今後の数年間、シナの指導者たちは少なくとも六つの悪魔と格闘せねばならないだろう。すなわち、エネルギーの制約と、悲惨な環境の荒廃、人口減少の現実、国民および省の間における所得格差の拡大、新疆とチベットにおける少数民族の騒擾、シナ特有である政府の汚職である。シナの経済成長は、上述したリストに「中産階級の罠」、つまり中級レベルの所得を稼ぐ一団が成長するにつれ彼らはシナの政治構造が彼らの上昇する期待と合致するように圧力を加えるという問題に対する取り組みの不確実性を追加するだろう。こうした難題は何れも、シナの経済成長を軌道から脱線させ社会的安定に脅威を与え得る。シナ共産党(CCP)は、これらの意気を阻喪させる問題に気づいており、それが一因となってその指導者たちは国内の治安支出を2012年には1200億ドル以上に増やしたのである。これは大体防衛予算に匹敵する。人民解放軍は依然として、台湾の正当な独立への抑止を含むような外国の脅威に対処する実力を涵養することに焦点を当てている。しかしシナ共産党は同等に国内の脅威をも懸念しているのである。

 シナの激震は同盟に必ずしも小さくはない難題をもたらしうる。我々は平和で繁栄したシナから多くの利益を得る。そうでなければ、シナの指導者たちは深刻な国内の断絶に直面して、おそらくは現実か仮想における外憂を利用して国民の団結を再生するためにナショナリズムに逃げ口を求めかねないだろう。秩序を維持するために、指導部はさらに過酷な手段に打って出、現行の人権蹂躙を悪化させ、いくつかの外国のパートナーを疎外し、40年前位のニクソンによる国交正常化以来、西欧諸国によるシナへの関与策を促進してきた政治的合意を反故にする可能性がある。

 それに代わるシナリオとしては、将来のシナの国家主席は温家宝首相が呼びかけたように政治改革の新たなラウンドに着手することで、シナの国内政治と外交関係に異なる結末をもたらすかもしれない。確かなことは一つだけである。すなわち、同盟はシナの軌道変化と将来の広汎な可能性に適応しうる潜在能力と政策を養っておくべきである。高度経済成長とおとなしく控えめな政治的権威はシナの新しい指導者たちが期待している将来図ではない。我々は彼らの判断を待つべきである。

 

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