『ファーリン・アフェアーズリポート』(2011No.4)の目次を眺めていたら、リーマンショック以来の不況が続く現下の世界経済が30年代のアナロジーとなりうるか否かを検討する上掲タイトルの論文(原題は『Currency Wars, Then and Now』)が掲載されていたので読んでみた。作者はリアクァト・アハメッド(Liaquat Ahamed)なる人物。
大戦間期の金本位制は、為替を金とペッグし、通貨発行量を金の保有量と連動させる制度だ。そこでは例えば貿易黒字国の場合、外貨が流入してインフレになり、金利が上がることで設備投資が減少し、同時に生産価格も高騰することから貿易不均衡が自動的に均衡することになっていた。しかしインフレによる貿易赤字によってデフレが進行すると、政府は金融・財政政策の自律性を奪われているにもかかわらず、不況下の失業によるストなどの社会的突き上げに持ちこたえることができず、近隣窮乏化政策による国内問題の解決を優先せざるを得ない。戦前の場合、これが先進各国による金本位制の脱退と、通貨の切り下げ競争、そして関税率の引き上げによる植民地との保護貿易政策であった。
我が国でも、世界恐慌が起こった29年に浜口内閣が金本位制に参加し、深刻なデフレ不況とそれによる社会不安を誘発したことが、その後の軍部台頭と、「日・満・支経済ブロック」建設に突き進む要因となった。
当時、第一次大戦で没落したイギリスに代わり台頭したアメリカが、開放的経済システムの主導国としての役割を引き受け、膨大な金準備をドイツなどの信用収縮に陥った貿易赤字国に輸出していれば、上述のような危機は緩和されたはずである。しかし、実際に彼らは信用を拡大するどころか、インフレを警戒して金利を引き上げ、金準備を増すために外国への資金供給を停止したのである。かくして恐慌による世界経済の分断は決定的なものになった。
ところで、戦後の国際金融システムではドルを基軸通貨としており、金本位制は採用していない。よって、現在のアメリカは自己裁量でドルを印刷できるから、30年代のように金の総量によって通貨の流動性が制約されるような事態は起こりえない。また世銀やIMFなど、流動性危機に直面した国を支援するレジームも担保されている。更に、ケインズの『一般理論』が登場したばかりの当時と違い、現在では需要拡大の政策的ノウハウも蓄積されている。
これらの理由から、アハメッド氏は、現在の国際金融システムが大恐慌期とは本質的に異なり、したがって通貨切り下げ競争が起きるリスクも低いと論じる。しかしその一方で、2010年のソウルで開催されたG20 の失敗を引き合いに出し、慢性的な「双子の赤字」でもはや単独の経済覇権国ではなくなったアメリカのカウンターパートとなるはずの中国が、自国通貨を過小評価した為替レートを設定し、同時にインフレを抑制して飽くなき外貨獲得しか眼中にない様子を危惧している。というのも、中国の輸出はアメリカの内需に頼っているが、それが過剰供給によるドルの信認問題を提起し、新たな世界経済の分断を引き起こしかねない。つまるところ、グローバルな市場経済を支えるのは、国際的な政治合意(コンセンサス)に他ならない。