20000。インドにまつわるこの数字を聞いて我々日本人は何を思い浮かべるだろうか。これはインドで一年間に発生するレイプの件数である。しかもこれは警察に提出された被害届の件数に過ぎない。ある国連の統計によると、警察に報告されていない年間のレイプ件数は10万件に及ぶとされ、それはインドでは5分に一件の割合でレイプが発生していることを意味する。またインド政府の調査によれば、近年のレイプ件数は増加の一途を辿っており、1998年から2008年までの十年間にその数は倍増した。
今回の事件が波紋を呼んだ理由
昨年12月にデリー市内で発生したインド女学生集団強姦事件は、インド社会のみならず、世界中に大きな衝撃を与えた。筆者は当時インドにいたので分からないが、我が国でも大きく報道されたようである。上述したように、レイプが日常茶飯事のインドで、なぜ今回の事件が大きな波紋を呼んだのか、その理由としては、第一に今回の事件がデリー市内のど真ん中で発生したことによる。犯人は公営を装ったバスに被害者のカップルを誘い込み犯行に及んだ。第二に、その犯行がすこぶる残虐であったことによる。被害者の女性は強姦された上、性器に鉄の棒を突っ込まれ、バスの窓から裸で外に放り出された。鉄の棒は内臓にまで達していたという。第三に、事件後、重傷をおった彼女の体が、一時間以上も路上に放置されたためである。一説では、現場にたどり着いた警官は所轄をめぐる言い争いをしていたとか、救急車が来るまでの間、彼女は毛布一枚をかけられただけの状態で放置されていたとも言われる。インドといえども、冬になれば夜半は摂氏10度以下に冷え込む。この噂が真実なら寒さに凍えていたことだろう。第四に、被害者の女性が親思いで勉強熱心な医学生であったことによる。彼女が世間の同情を誘ったのはもちろんであるが、同じ学生として社会の不正や矛盾に敏感な若者たちの心に火が付いた。第五に、今回の事件に衝撃を受けた市民が立ち上がり、数万人規模のデモが全国的に繰り広げられたことによる。上述したように、デモの参加者は学生を中心とする若者たちであった。
レイプが多発する原因
残念なことに、今回の事件を受けた後も、インドではいまだにレイプ事件が後を絶たず、主要紙を開けば、レイプを報じる記事が頻繁に見出される。では、ガンジーの非暴力主義を謳うはずのインドで、なぜかくもレイプが多発するのか。普段、インドに滞在する日本人の一人として、筆者なりの推測を述べたい。第一に、インドにおけるレイプの有罪率は30%にも満たない。多くは証拠不十分で無罪になるか、原告である被害者が訴えを取り下げてしまう。これは裁判に要する歳月があまりにも長く、費用が厖大だからである。この有罪率の低さが、犯罪多発化の一因となっていると思われる。第二に、インドでは人口の男女比が男1000に対して女は900しかいない。これは我が国の場合、男1000に対して女1050なのと対照的である。インドでは、男女が結婚する際に、新婦の家族が新郎の家族に財産を贈る「ダウリー」と呼ばれる習慣がある。車や金、なかには家まで贈ることもあるらしい。つまり娘が結婚するたびに、家族の財産が減ってしまうので、インドでは女子の出生を厭う傾向があり、これが女不足を招いていると言われる。当然、女が減ると結婚できない男が増える。そこでその中の一部で欲求不満が溜り、遂には暴挙に及んでしまうというわけだ。特に近年のインドでは、91年以降の経済自由化によって貧富の格差が拡大していることも、社会不満の高まりによる性犯罪の多発化と何らかの関係があるように思われる。第三に、法的罰則の軽さが指摘されている。上述した今回のレイプ事件では犯行に及んだ六人のうち一人は17歳の少年であった。彼は犯行グループのなかで最も残酷な仕打ちを与えたとされる。にもかかわらず、インドの法律では、18歳未満の若者は未成年とされ、たといレイプを犯してもリハビリ施設で三年間の訓練を受ければ釈放されることになっている。また成年の犯行についても、レイプの最高罰は懲役10年に過ぎない。さらに、裁判が長期化する結果、容疑者が保釈されるケースも多く、その場合、彼らは原告を脅迫して訴えを取り下げさせたりすることもあるそうだ。ただ、訴訟までいけばまだいい方で、多くの場合はレイプされたことが周囲に知られると「傷物」として蔑まれ、その後の社会生活を営めなくなることを危惧するか、警察署が被害届を受理してくれないかして、結局泣き寝入りするしかないのが現状のようだ。
遵法意識が希薄なインド
さて、今回の事件を重く見たインド政府は、レイプ犯への厳罰を求める世論に応えるかたちで、刑法が適用される成人年齢を引き下げ、レイプの最高罰を死刑にする法改正に着手し始めたようである。しかし筆者の予測するところ、残念ながらそうした取り組みは功を奏さないであろう。というのも、インド人は遵法意識がはなはだ希薄なために、社会の現状に合わせて法律を変えたとしても、それをちゃんと守らないからである。なかでも警察の腐敗ぶりは悪名高い。少なからぬ場合、彼らは市民が犯罪の被害を訴えても、まずまともに取り合おうとはしない。だから今回の事件で世論の怒りの矛先は、レイプ犯のみならず、これを厳格に取り締まろうとしない警察、延いては政府に対しても向けられていた。前述した全国規模の抗議デモでは、警察とデモ隊が衝突し、警察官が一人死亡したほか、多くの負傷者が出た。
わが国民は大丈夫か
現在、インドに進出している日本企業の数は900社、毎年100社のペースで急激に増加しており、インドに滞在する日本人の数もそれに伴い増え続けている。これは反日デモなどのいわゆる「チャイナ・リスク」を敬遠し、インドの安い労働力や消費者の旺盛な購買欲に誘惑されてのことであろうが、「インドは親日国だから大丈夫」などと高をくくっていたらひどい目に遭いかねない。特に、日本企業が比較的多く展開し、多くの日本人が居住しているデリー南西のハリヤナ州グルガオンや、以前マルチ・スズキの工場で暴動があったことでも知られるマネサールなどは、ギャングやマフィアが多く、治安が悪いことで有名である。また同じく日本企業や邦人が所在するデリー北東のウッタル・プラデーシュ州ノイダなどは、さらに治安が悪いと聞く。まだ大企業の出向社員であれば、ドライバー付の車をあてがわれ安全に通勤することができるが、現地採用の日本人などは、若い女性であっても、自宅から会社までメトロと徒歩で通勤している人が沢山いる。ただでさえデリーは公共インフラが慢性的に不足しており、歩道が整備されていないため、中間層以上の市民は車での移動が一般的であるにもかかわらず、会社帰りの夜道を女一人で歩くなど無謀と言わざるを得ない。特に日本人の女性は美しいから、なおさら心配でならない。
真のレイプ大国はアメリカ
ただ、インドの名誉のために、最後に一つだけ読者に断っておくべきことがある。それはレイプの多発は、ことインドに限ったことではないということである。Wikipediaの統計によれば、2010年度のアメリカにおけるレイプ発生件数は、何と84767件、そしてイギリスは15934件もある。これは届け出件数であるからアメリカの場合、実際の件数は軽く10万件を下らないであろう。さらにインドの人口は12億人いるがアメリカは3億1千万人、イギリスは6千100万人である。よってこれを人口比で見れば、インドよりも英米の方がはるかに悲惨なレイプ大国なのである。ちなみに我が国のレイプ件数は1289件である。今回の事件で、欧米のメディア、またそれに追従した我が国のメディアは、インドのレイプが、彼の国の歴史的な女性差別に起因するかのような報道をしているが、以上みたように、そんなものは単なる西欧的な偏見に過ぎないことが分かるだろう。