渡辺惣樹『日米衝突の根源』(2011、草思社)を読む6 米西戦争

 米西戦争の開戦理由は本書を読む限りではいまいち釈然としない。当時19世紀末葉のアメリカは活字の時代、なかでもジョゼフ・ピューリッツァー率いるニューヨーク・ワールド紙とウィリアム・ハースト率いるニューヨーク・ジャーナル紙は、ゴシップを中心とした「イエロー・ジャーナリズム」の双璧として鎬を削り大衆世論を扇動した。米西戦争の開戦に至るプロセスにおいても、この両紙はスペインのキューバ支配に関するスキャンダルを捏造し、米国世論の反スペイン感情を掻き立てた。開戦の直接の引き金となった米海軍戦艦「メイン」号轟沈事件は、十分な証拠もなしに機雷接触が原因と結論されたが、これまでの歴史研究では粉塵爆発が原因と考えられている。いずれにしても、当時のキューバ問題はスペインの内政問題であり、これがそれ自体開戦の理由になるとは考えられない。さらに、米西戦争の講和条約であるパリ条約の結果、スペインはキューバにおける全ての権利を放棄し、プエルトリコを含むスペイン領西インド諸島及びグアムをアメリカに割譲、さらにはフィリピンを2千万ドルでアメリカに金銭譲渡した。しかし本書が説くようにマッキンレー大統領以下の米国指導部はそれらが米国の国防上死活的に重要な場所であるとは考えていない。むしろ彼らの真の目標はハワイであった。
 開戦前から、米国海軍では海軍次官のセオドア・ルーズベルトや『海上権力史論』で名高いアルフレッド・マハン海軍大佐等が中心となって太平洋艦隊増強による積極海洋進出を主張しており、そのなかでハワイは太平洋艦隊の重要な前哨基地と見なされていた。ルーズベルトはハワイ併合に反対した民主党のクーリーブラント大統領を罵り、1897年に次のように述べている。
「ハワイは絶対に併合しなければならない。ハワイの戦略的な重要度はキューバの比ではない。ハワイが他の列強の手に落ちれば、もはや永遠に併合のチャンスは来ない。翻ってキューバについてだが、仮にいま併合できなくても大したことはない。衰退している国(スペインのこと)の手にあるだけだから、いつでも併合できる。しかしハワイはそうはいかない。いまハワイをとらなかったら大きな悔いを残すことになる。ハワイをアメリカ防衛の前哨基地(outpost)とすのか、逆にアメリカに敵対するであろう国のアメリカ本土攻撃の前哨基地にさせてしまうのか。我々はいま重要な決断を迫られている」(415)
 ここでルーズベルトが「アメリカに敵対するであろう国」として念頭に置いているのは日本である。つまり増え続ける「官約移民」によってハワイへの影響力を増す日本は、アメリカと同様に海軍増強に励み太平洋への進出を目指していた。1897年のハワイ人口統計では109000人の人口の内、原住ハワイアンが31000人、日本人は24000人となっており、両者を合わせると人口の過半数に達している(447)。よってルーズベルトは米西戦争にかこつけてスペイン領フィリピンを攻撃し、フォリピン攻撃の拠点として重要だという理由で日本の先手を打ってハワイを併合してしまう算段だったのである。かくしてハワイは1898年、米西戦争の最中に米国によって併合され、いまや太平洋は「アメリカの湖」と化した。
 

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