チベットにおける戦闘とラサ陥落のニュースは、カーゾンにチベット征服の権限を与えたつもりのないロンドン政府を驚愕させた。英国政府の関心はインドを越えたところにあり、香港やロシアへの配慮から1904年の英蔵協約で手に入れた有利な政治的条件を放棄した。巨額の賠償金は三分の二削減され、チベット国境地帯の占領は三年以内に限られた。同様にイギリスの通商官吏がラサを訪問する権利も一方的に破棄された。
こうした英蔵間の合意はイギリスのチベットに対する関心の目を開かせたが、それはシナとの関係をめぐって新たな外交的、法的問題を惹起した。というのも、アンバンは英蔵協約に署名しておらず、無論シナ政府もこれを承認していなかったので、ロンドン政府はシナ政府を存在を無視してチベットを自らの属国扱いするか、チベットを事実上の独立国と看做さない限り、同条約に対するシナの同意を求めざるを得なかったからである。このようにイギリスのチベット戦略に伏在する矛盾は、彼らがその目的を達するためチベット政府と直接交渉せねばならない一方で、その交渉を正当化するためにはシナの同意を得ねばないということにあった。
シナにとってみれば一連の出来事は、国辱以外の何物でもなかった。ダライ・ラマはイギリスとの交渉命令を無視した結果、イギリスの軍隊と官吏のチベット駐在を許している。さらに英蔵の二国間で締結された条約には、外国のチベットにおける政治的影響力を排除する曖昧な条項が含まれている。シナが過去半世紀に西欧諸国から受けた仕打ちを考えるならば、それらはチベットからシナを排除しようとするイギリスの策略と推測するのは難くなかったのである。
シナにとって幸いなことに、イギリスはチベットを属国にも事実上の独立国にもしようとせず、むしろシナを交渉に参加させてヤングハスバンドがチベットと結んだ条約を追認させようとした。1906年の英清協約は、1904年の英蔵協約をチベット政府の関与なしに修正し、チベットを清国の属国として再認したものである。協約の主要な条項にいわく、「大英帝国はチベット領土を併合したりチベット内政に干渉しない。またシナ政府は他のいかなる国がチベットの内政に干渉するのを認めない」、「1904年の協約で引き出された譲歩は、シナ以外のいかなる国にも否定される」。かくしてシナがもはやチベットに対して実権を行使しえない時期に、イギリスは一方的にチベットがシナの属国であると認めてしまったのである。
そしてその翌年、この英清協約を国際化した英露協約はその第二条で「シナのチベットに対する宗主権を確認し、英露両国はシナ政府を介在せずしてチベットと交渉しない」と謳っている。
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