・要するに北朝鮮の独裁体制のルーツが李氏朝鮮にあるという内容である。しかし著者も認めるように、現在の北朝鮮は「軍事力と民族主義の存在」という点で、単なる李朝の模倣ではない。すなわち、「北朝鮮は人口が韓国の二分の一であるのに、兵力も装備も韓国の二倍という強大な軍事力を持っている。・・・またあれだけの強固な民族主義の浸透がなければ国内を一つにまとめることはできない。いかに国家的なカリスマ金正日の存在があっても、そうだと思う。これらの点で北朝鮮は、李朝の専制政治に倣いながらも、李朝の弱点をしっかり克服していく方向を模索してきた」(p45)
・北朝鮮のチュチェ(主体)思想は、「唯物論的階級史観」をいわば「唯心論的民族史観」にすげ替え、それまでの共産主義イデオロギーを北朝鮮式に換骨奪胎した似て非なる社会主義である。著者は、チュチェ思想にみられる「人間中心の世界観」に、人間を禽獣に対して上位の階層に位置づける儒教的発想の影響を認めるが、そこでいう「人間」とは自己統治の主体である「個人」ではなく、党と首領に指導される「民族」である。韓国の朴政権で外交部長を務め、後に北朝鮮に亡命した崔徳新に対して金日成は「北に住もうと南に住もうと民族を優位に置き、統一問題を考えなければならない。民族があってこそ階級もあり、主義もあるのではないか。民族がなければ共産主義をやり、民族主義をやったところで何になり、神を信じたところで何になるだろうか」(p128)と言ったという。
・1960年代に苛烈化した中ソ対立が、こうしたチュチェ思想の成立を可能にした。その際、北朝鮮は小中華よろしく中国のマルクス主義を「教条主義」、ソ連のそれを「修正主義」と批判し、自力更生の道を選択した。また国内の中国派とソ連派を粛清した。
これは反事大主義への挑戦である。(「思想において主体性を確立するためには、それに反するあらゆる古い思想を排撃し、とくに事大主義を根絶しなければなりません」(金正日p105))
・たしかに著者が指摘するように、革命的「成分」を基礎とし、全ての個人を「三階層(核心階層・動揺階層・敵対階層)・五十一部類」に位置づける北朝鮮の序列秩序は、君主を頂点にして両班、中人、常民、賤民で序列化された李朝の儒教的身分制度とそっくりである。しかし一方で北朝鮮は、父祖への「孝」を強調するあまりに、父系血縁集団たる「宗族」に自閉して国家への「忠」を蔑ろにしがちな儒教の弊害もちゃんと自覚し、これを金日成を民族の「オボイ(尊父)」とする家族国家観によって克服しようとした。ただしその努力が奏功したかとえば疑問である。
・著者は、朝鮮社会に深く浸透し、上述した「父系家族主義」や朱子学特有の「理念(道徳)主義」となって現れた儒教の影響を「時代錯誤」といって嫌悪し、これに対する日本社会の特徴を「非血縁主義」や「自然主義」だなどといって賞賛しているが、そうした認識には若干の違和感を覚える。我が国は、父系血縁の御皇室を民族の「宗家」に戴く、「忠孝一致」の「家族国家」であり、君臣、親子の関係を規律する五倫(仁義礼智信)道徳はあくまで尊重されている。ただ、本居宣長の言を借りるならば、「まことに道あるが故に道てふ言なく、道てふ言なけれど道ありしなりけり」ということに他ならないのだ。