『高度国防国家戦略』(2009)要約

『高度国防戦略』

○要約
戦後の世界秩序は、米ソ二極による冷戦構造に特徴付けられ、核の均衡は西側陣営の内部に長期の政治的安定をもたらした。そうしたなかで我が国は、「アメリカン・デモクラシー」と、「軽武装・経済中心路線」を基調とした国家運営を行ってきたが、それは周知のように、我が国を空前の物質的繁栄に導いたのであった。戦後の日米関係は、日本がアメリカから民主主義や個人主義と云ったイデオロギーを受容し、本土基地を米軍に提供する引き換えに、アメリカは日本の産業保護政策を容認して国内市場を開放し、経済的便宜を図るものであったといえる。
しかし、東西冷戦が終結しアメリカが唯一の超大国になるにつれ、彼らは「歴史の終焉」論宜しくリベラル・デモクラシーへの確信を深め、世界に自己の価値観と制度を布教する尊大な十字軍に変質した。アメリカは、戦後日本の繁栄を牽引した、「日本株式会社」とも称される国家主導の産業経済を攻撃し、資本や労働などの要素市場の広汎な「構造改革」を要求しだした。日本型経済システムは国家主義的で非効率であり、個人や市場中心のリベラル・デモクラシーに反するというのである。しかしアメリカ主導による金融経済のグローバル化は、我が国の産業経済を浸食し、それが引き起こす「日本株式会社」という共同体の流動化は、国民に文化的自信喪失と経済的貧困を強いて社会秩序の不安定化を招いている。更に、デモクラシーによって世界を「文明化」しようとする「啓蒙のプロジェクト」は、イラク戦争の勃発に発展したが、それは結局日米安保の抑止機能を低下させて、アジア太平洋の政治基盤を脆弱にしている。こうしてみると、最早、政治、経済、文化(イデオロギー)の各面で、パックス・アメリカーナによる利益調和の図式は破綻を来たしているのである。
普遍的文明の論理を振り翳すアメリカの威信は、「中東の民主化」政策の挫折と昨今におけるグローバル金融経済の崩壊によって失墜しつつある。その結果一挙に世界は多極化し、就中挑戦国である中露専制国家と覇権国であるアメリカとの間で緊張が高まり、東亜の地政学リスクが増大している。宛らそれは、第一次大戦前夜の欧州情勢のようであり、目下歴史は大国同士のリアル・ポリティークに回帰しているのである。
こうした危機を前にし、我々は安全保障の対象を、政治のみならず、民族文化や国民経済の防衛にまで拡張し、以ってアメリカ追従的な従来の基本政策に国家としての主体性を取り戻さねばならない。結局、政治と経済と文化は三位一体であり、その何れを欠如しても国家国民の持続的発展は見込めないのである。しかるに上述の通り、戦後の我が国では、伝統文化が否定され、アメリカ直輸入のデモクラシーが無批判に受け入れられた。また、アメリカによる武装解除に応じた我が国は、国家の社会経済秩序の政治的基盤となる軍事力を喪失したのである。成る程アメリカの主張する民主主義や市場経済は「文明的普遍性」を有するイデオロギーである。しかし実際に、個人や市場は歴史ある民族や社会の一部なのであるから、それが多様な国や地域の現実に応じて有効に機能するためには、道徳や慣習などの「文化的特殊性」に根ざしたものでなければならない。さもなくば、個人主義は公共的責任意識を欠いた利己主義に堕落し、民主政治もパンとサーカスの衆愚政治に陥る。同時に、過度に自由化された市場経済も、国民から安定と信頼を奪い去り、却って社会的活力を阻害するであろう。
そこで私は、社会に信頼と活力を取り戻し、日本を世界の強国に押し上げるため、政教一致に立つ宗教・文化の復興、金融統制と再軍備を柱とする産業政策の推進、中共に対する脅威を共有するインドやベトナム等との同盟構築、地域の「正統性原則」と「バランスオブパワー」の両立を期した主体的な価値観外交の展開などが焦眉の急務であると考える。

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