藤井厳喜氏新著『日本人が知らないアメリカの本音』(PHP)覚書

 

現代アメリカ論の傑作である。しかし筆者が自らいうように、本書では「宗教やアメリカ国内のエスニックグループ(民族集団)のこと」には触れていないのでそれはぜひ次作に期待したい。

 

①オバマ政権は発足当初、銀行業に於ける商業業務と投資業務を分離させるグラス・スティガール法廃止の見直しを標榜し、ポール・ボルカー元FRB議長を諮問委員長に据えて金融規制強化に取り組む姿勢を示していたが、いつのまにか金融支援派に変身(Change!)し、クリントン政権で金融規制緩和に取り組み、ITバブルを現出したローレンス・サマーズを国家経済会議(NEC)の委員長に再登用し、10年の中間選挙敗北以降はゴールドマン・サックス出身のジーン・スパーリング氏を同職に配するなど、ウォールストリートへの露骨なすり寄りを見せ始めた。

この変節の背景には、リーマンショックによる金融再編以降潤沢な投資資金を所有する金融業界とフェイスブックなどのソーシャル・メディアを始めとするIT技術を再び結びつけて第二次ITバブルを起こし12年の大統領選挙で再選を目指すオバマ陣営の戦略がある。

 

②アメリカの公共政策の根底には「フェデラリスト」=ハミルトンvs「アンチ・フェデラリスト」=ジェファーソンの対立軸が存在する。前者は強い連邦政府を主張し、後者は州の自治権を尊重して強い連邦政府に反対する。前者のハミルトンはマディソンらと一緒にFRBの前身である合衆国銀行創設に奔走し、北部の商工業者を支持基盤にして政府主導の近代産業育成とアメリカの海洋国家型発展を目指したが、対照的に後者は南部の自立した大農場主を支持基盤としたため、地方分権的で合衆国銀行創設には反対し、農業主流の大陸国家型発展を志向した。両派の葛藤は後の南北戦争の要因になった。

 

③これらの相反する思想系譜は、アメリカの外交政策にも反映され、前者の場合、それは積極外交によってアメリカ的な価値観を世界中に広める「トータル・ウォー・アプローチ」となり、後者の場合は普遍的な法の支配に基づく協調外交を志向する「リベラル・リーガル・アプローチ」に現れる。しかし両者はいずれも、古典な「バランス・オブ・パワー」的な戦略外交を道徳的に汚いものとして嫌い、善悪の価値基準を外交政策の判断基準にする点では共通している。

 

20115月のビンラディン殺害によって、アメリカとパキスタンの関係破綻が決定的になり、米印対中パの軸で米中対決が本格化しつつある。共和党の主流は「トータル・ウォー・アプローチ」であるが、同時に内政では均衡財政を重んじる傾向があり、中国の脅威によってMAD(相互確証破壊)が成立しないにもかかわらず米軍の海外コミットを縮小させる可能性を排除できない。したがって、いまこそ我が国の核武装によって日米同盟を対等なものにする気運が醸成している。

 

カテゴリー: 書評・覚書 パーマリンク