第三回朝鮮研究会レジュメ~朝鮮総督府の統治実績について~

~朝鮮総督府の統治実績について~

                          

                      平231028

 

○日韓併合で韓民族が享受した社会の改善点(崔基鎬『歴史再検証・日韓併合』)

一、両班・常民・賤民などの階級制で少数の支配者が住民の大部分を服従させる悪弊が払拭された。

二、法治制度のもとに公正な裁判が行われるようになり、賄賂の慣習が一掃された。

三、私有財産制度の確立・処分・移動・職業選択と居住の自由と経済秩序の確立。

四、鉄道・道路・橋梁などの交通機関の整備により、経済が活性化し、李朝での飢餓問題も解決された。

五、教育が普及し、医療制度も近代化して予防制度が確立した。

 

 

○参考データ

 


併合時

併合後

10~45年、

朝鮮に対する日本の投資額(立替金+補充金+公債未償還)


207892万円

1圓=1万円で計算すると207982億円)




人口増加

1910年 1313万人

1942年 2553万人

1777年 1804万人)

1877年 1689万人)

近代教育

普通学校(小学校)は100校程度、「書堂」(寺子屋に相当)は16000程度

一面(村)一校を目標に44年には5213校、24年には京城帝国大学創立

総督府の鉄道投資額

敷設総延長

13年~29年 25700万圓

10年~45年 6632キロ


耕地面積拡大と米穀生産増、農業生産性の向上

(『総督府統計年報』)

耕地面積(田畑+水田)

1910年 2465(千町歩)



1918年 4344(千町歩)


米穀生産高

1910年 1040万石


1935年 1587万石

反当り収穫量 

1910 0.769

 

1935年 1.635


輸出入総額   

GDP貿易比率

工業製品生産額

 

1910 30(百万ドル)

 

1940 582(百万ドル)

1912 15.6%

 

1938  66.2%

 

1914 29623(千円)

1940 1873634(千円)

 

 

「朝鮮貿易の急増した原因を検討してみると、そのほとんどが日本帝国内の円ブロック圏での輸移出と輸移入で占められていることが特徴で、圏内貿易は1930年代の朝鮮の全輸移出の98.5%全輸入94.2%を占めるようになった。」(崔)

 

 

余談:伊藤博文(初代統監)、曽禰荒助(二代統監)、寺内正毅(三代統監、初代総督)、長谷川好道(二代総督)を輩出した長州・山口と韓国の因縁は、百済の第26代聖明王の三子である琳聖太子が611年に周防、多々良浜に上陸、吉敷(よしき)郡大内に土着して大内氏を名乗ったのが始まりで、日韓合邦はいわば彼らの帰巣本能だという論がある。(上掲、崔氏)     

 

 

 

参考文献

崔基鎬『歴史再検証・日韓併合』(祥伝社)

名越二荒之助編『日韓2000年の真実』(株式会社国際企画)

ほか

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